4月8日(金)
旧高嶋邸見学 その3

 

旧高嶋邸の日本庭園も良かったので、
おまけで載せましょう。

鉄筋コンクリートの中に日本家屋が組み込まれている
おもしろい邸宅ですが、
日本間から見る庭は、やはり日本庭園でした。

立派・・・。

無言・・・・。

狭いながらも回廊式になっています。
ただ、本来の15帖二間の部分は、阪神大震災で倒壊し、
今は空間になっています。
たてものとの関係があって,
初めて庭を作ったときの意図が伝わるものですから、
そういう意味では、その空間部分は間の抜けた感じになっています。

2m50cm以上はあろうかと思われる靴脱の石です。
この石の左手に縁側があったと想像してください。

これだけ平らで大きい石を靴脱ぎに選べるなんて、
ホントにホントにお金あったんですねえ。

近代建築は好きなのですが、
私はいつも庶民の暮らしとの格差を考えてしまいます。

いえいえ、これから日本はまた
格差のある社会へとなっていくそうですから、
少し覚悟も要りそうですよ、我々庶民は・・・。
余談でした・・・・。

お腹の出っ張ったキツネの置物。
珍しいですね。
何か由来があるのでしょうか?

裏庭には、手水と石臼がいっぱい置いてありました。
シダの庭ですが趣あります。

鬼瓦もいっぱい保存されていました。
裏庭って楽しいですね。

釜戸があり、
お昼の御膳で出されるご飯はこの釜で炊かれます。
おいしくお漬け物をいただくには、やっぱりおいしいご飯でなけりゃね!

はい、おいしかったです!

レンガは新しいですが、
釜の蓋などは昔のままのを使っています。

この日は実は2月26日。
突然の吹雪が吹き荒れました。

そして、レクチャーが終わって外に出てみると、
梅の花が薄曇りの空に華やかに咲いていました。

さて、そのレクチャーの一番最後のことでした。

「他に何かご質問は?」
「神戸出身の高嶋忠夫さんはご親戚ですか?」
「よく聞かれますが、他人だそうです。」
「はあ、そうですか・・・」

おもしろい質問でした!

高嶋平介さんに関する逸話をもう一つ。

背の低くて兵役検査にも通らなかった2代目平介さんは、
人種改良計画として、西洋の暮らしを取り入れようと考えたそうです。

ふ〜ん、そうなのかあ〜!
なんか分かる気がします。
1階は、廊下も部屋も、とにかく天井が高い!
学校か役所のような高さです。
何か、この家には、
平介さんの熱い思いが詰まっていますね。

(西側から見たところ)

さあ、以上が旧高嶋邸、現甲南漬資料館見学記でした。
こういう時代を先取りしていた資産家の家は、
やはりその地域の文化的サロンも兼ねていたわけで、
先代の高嶋太助さんは、本社横に白い洋館<めいとく館>を作り、
音楽館や図書館を充実させていたそうです。
太助さんに引き取られ高嶋家に出入りしていた十一谷義三郎は、
「新風連」(昭和7年朝日新聞に連載)や
「唐人お吉」(昭和5年新潮社)などを世に出した作家になりました。
後に溝口健二が無声映画にしています。

義三郎に限らず、
多くの文化人がこのサロンで語り合ったことを想像しながら
後にしました。(もちろんお漬け物買ったよ!)

旧高嶋邸
「武庫の郷」
神戸市東灘区御影塚町4-4-8(阪神新在家下車徒歩数分)
078-842-2508

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